採血でわかる「うつ病」「自殺願望」「引きこもり」

客観的診断への道を開く血液検査

これまで「うつ病」を始めとする精神障害の診察・治療は基本的に患者の様子と自己申告、医師の知識と主観的な見立てにより行われてきました。精神障害の診断・治療に絶対的基準はなく、正しい診断に辿り着くまでに数年掛かったり、誤診もあれば再発する可能性もあります。

それが近年では研究グループによる調査が進み、「抑うつ状態」「希死念慮」「罪悪感」など症状によって異なる血中物質の存在が明らかになりました。将来は血液検査で「本当にうつ病なのか」「どの程度重症なのか」「自殺の危険はあるのか」判断できるようになるかもしれません。

症状によって異なる血中代謝物の特定

2016年12月、九州大学、大阪大学、国立精神・神経センター神経研究所の研究グループが医学誌『PLOS ONE』に「うつ病の重症度や希死念慮に強く関連する血中代謝物を特定した」と発表しました。

同グループは、九州大学、大阪大学、国立精神・神経センター神経研究所の3施設のうつ病や双極性障害の患者90人から採血を行い、微量の血液成分から数多くの代謝物を計測できるメタボローム解析により、うつ病重症度に関連する血中代謝物を発見しました。

うつ病の各症状と、それに関連する血中代謝物の関係を表した図。赤字は正相関、青字は負相関。図は九州大学発表資料より。

3つの医療研究機関それぞれの患者において、血中代謝物と抑うつ重症度の関係性を調べ、抑うつ重症度に関連する血中代謝物を20種類に定めました。特に「3-ヒドロキシ酪酸、ベタイン、クエン酸、クレアチニン、γ-アミノ酪酸(GABA)」の5つの代謝物は抑うつ重症度に強く関連することが判明しました。3-ヒドロキシ酪酸は血中にある代謝産物ケトン体の1つで、絶食・飢餓時にエネルギー源が枯渇すると肝臓で作られ、脳のエネルギー源として使われます。

更に「抑うつ状態」「希死念慮」「罪悪感」など、それぞれの症状によって関連する代謝物が異なることを発見しました。例えば「希死念慮」では、脳内免疫細胞ミクログリアとの関連があるキヌレニン経路の代謝物が顕著に関連していました。ミクログリアは脳内に存在する免疫細胞で、感染やストレスなど様々な要因により活性化すると炎症性サイトカインなどを産生し、過剰になるとニューロン傷害が引き起こされることが知られています。

血中PEA濃度測定は「うつ病」診断の新たな基準となるか

人の脳内には快感や喜びの感情を作り出すアナンダミドという物質があります。その物質に関わる「PEA」(リン酸エタノールアミン)の血中濃度を測ることで「うつ病」かどうか判断する研究を進めているのが川村総合診療院の川村則行理事長(医学博士)です。2011年から本格的にPEA濃度測定によるうつ病診断の臨床研究を始めました。うつ病になると脳から流出するPEAが減少すると考えられ、血中濃度が1.4未満になるとうつ病と判断されます。PEA濃度測定は9割以上の精度で「うつ病」診断ができるそうです。

川村総合診療院は厚生労働省の倫理指針に従い倫理委員会を開催し、2011年6月に承認を得、公正な臨床医学研究に取り組んでいます。同院ではうつ病、統合失調症、摂食障害、疼痛性障害、不安障害、発達障害など精神疾患の患者に無料でPEA濃度測定を行っています。結果は2~3週間程度で出るそうです。

川村総合診療院
https://www.g-clinic.net/index.html

「引きこもり」に関連する血中物質の発見

「引きこもり」という言葉は1998年に精神科医の斎藤環氏の著書『社会的ひきこもり』のなかで使われ、広く世間に知られるようになりました。「引きこもり」に似た症状は昔から日本に存在し、普通の日本人が不安のあまり自室に閉じこもってしまう症状に最初に注目した精神科医の笠原嘉氏が1978年に「退却神経症」を提唱しています。

厚生労働省は「引きこもり」を「就学・就労など社会参加を行わず、半年以上に渡り家庭内に閉じこもっている状態」と定義しています。日本人成人の「引きこもり」生涯有病率は1%以上といわれています。「引きこもり」の高齢化が進み、2018年末の時点で40歳から64歳の「引きこもり」は推計61万以上となりました。

これまで「引きこもり」は日本特有の社会問題とされてきましたが、韓国・中国・米国・英国・イタリア・インド・スペインなど海外でも「引きこもり」が確認されています。「ニート」から「引きこもり」に至るケースが多いようです。今や「Hikikomori」は世界の共通語となっており、各国の医療関係者、研究者が調査を始めています。

2018年2月、九州大学らの研究グループはこれまでの研究によって「引きこもり」の多くが精神障害を併存しており、その中でも 「引きこもり」と「回避性パーソナリティ障害」には共通する多くの心理的行動的特徴があることを発見しました。

そこで 「引きこもり」と「非引きこもり(健常者)」の血中物質の比較及び対人関係における行動特性との相関分析を行った結果、男性の「引きこもり」は「非引きこもり」と比べると尿酸値とHDLコレステロール値が低く、引きこもりになりやすい傾向にありました。逆に、尿酸値とHDLコレステロール値が高いほど社会的協調性が高く、引きこもりになりにくい傾向でした。低HDLコレステロールは、自己中心的・感情的・不規則な行動を特徴とする性格特性と関連しています。

女性の「引きこもり」も「非引きこもり」に比べるとHDLコレステロール値が低い結果となりました。また、高感度CRPの値が高いほど他者への不信感が強まり、FDP(ファブリン分解産物)の値が高いほど「引きこもり」になる傾向でした。

今回の研究結果は、血液物質が男性の行動(協調性)と女性の感情(信頼感)を変化させる可能性が高いことを示しています。人々が社会的支援を求める方法には性差があります。女性はしばしば感情的なサポートを求めるのに対し、男性は具体的で有用な支援を求める傾向にあります。性別による治療アプローチを模索することは効果的です。例えば尿酸値やHDLコレステロール値に影響を与える運動や食事は実際的で男性向きです。一方、女性には他者への共感と信頼感を高める心理療法的アプローチが有効かもしれません。

新しい治療法の開発へ

代謝物の働きを調べることで各症状のメカニズム解明が進めば、予防、早期発見、代謝の働きを調整する新しい治療法の開発が期待できます。


参考サイト


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