宇都宮事件
昭和59年3月29日、栃木県警宇都宮署は宇都宮市にある精神病院
医療法人報徳会「宇都宮病院」の職員等5人を傷害容疑で逮捕した。
同病院は同月14日、看護職員等による患者へのリンチ
不正入院無資格診療行為その他の疑いで家宅捜査を受けていた。
宇都宮署の取り調べで、同病院では3年間で200人以上の患者の不審死が判明。
その内、2件の死亡事件で職員5人が関わっていたとした。
その内の1件は、アルコール中毒との診断で入院していたAさん(当時35歳)で
入院から4ヵ月後の昭和58年12月30日、見舞いに来た知人に
「こんな酷い病院は無い。退院させて欲しい」と訴えた。
これを聞いていた看護職員は見舞い客が帰ったあと
古参患者と共謀でAさんに殴る蹴るのリンチを加えて
同日夜死亡させた。病院側はAさんの家族に「容体が急変した」と偽り遺体を引き取らせた。
警察は、今回の逮捕でAさんを埋葬(土葬)した遺体を掘り起こして事実を突き止めた。
だが、これは同病院で多発していたリンチ事件の氷山の一角にしか過ぎなかった。
また、このリンチ事件以外に乱診、無資格診療も多数発覚した。
その結果、4月25日院長の石川文之助が逮捕された。
その他は医療資格の無い看護士や古参患者に医療行為をさせていた。
一方、ベット数は920床に対して948人が入院していたから
到底院長だけでは回診は出来なかった。
さらに石川は、特異な患者が入院すると「あの患者の脳は必ず貰え」と職員に命じ
その患者が死亡すると看護士や看護人に脳を採取するための執刀を命じていた
採取した脳は東大医学部へ研究材料として提供していた。
入院中の古参患者に他の患者の脳波や心電図検査を2393回、
29人の看護人に注射や点滴を624回、
無資格の準看護士に416回のレントゲン検査をさせていた。
同病院では「作業療法」と称して入院患者に石川の同族企業に連れて行き酷使したり
病院の裏にある畑で農作業をさせていた。収穫した作物は全て病院職員に転売していた。
判決
院長に懲役1年の実刑(後に控訴)
傷害致死等に問われていた職員4人は懲役4年~1年6ヶ月・執行猶予3年の有罪
宇都宮病院に県が戒告処分
なお、事件後に病院に「うちの家族を入院させたい」という問い合わせが殺到。
オチに笑ってしまった自分が後味悪い!
宇都宮事件の院長、事件後もずっと現役で医者をやってるんだよね。
MARGINALIA
事件発覚までの経緯とその後
1983年(昭和58年)、不仲だった兄により5年もの間、宇都宮病院に措置入院させられていた画家の安井健彦氏は、反抗したり脱走したら看護職員から暴行されるため、脱走は断念したものの、諦めずに亡くなった患者や暴行を加えた看護職員についての情報を内密に調べていた。運良く交際相手の女性と連絡を取るのに成功し、無事に退院。すぐに警察へ行き宇都宮病院で起きていることを訴えたが告訴は拒絶される。
それでも諦めず報道機関や国会議員に連絡を取り、そこから東京大学医学部精神科病棟へ接触、東京大学精神科医師連合(精医連)は宇都宮病院の問題を究明するための調査チームを結成した。弁護士や日本社会党と協力し、朝日新聞社宇都宮支部とも情報交換を行い、ついに1984年(昭和59年)3月14日、朝日新聞によって宇都宮病院事件が明るみになった。
栃木県警は宇都宮病院の関係者347人を取り調べ、院長の石川文之助氏をはじめとする9人を逮捕。送検された容疑者は111人に上り、17の罪で立件された。宇都宮病院では3年間で220人もの不審死があったにも関わらず、宇都宮事件と呼ばれる2件のリンチ殺人事件のみ裁判が行われ判決が下された。
入院患者の殺害を主導したとして元看護職員Aには、傷害致死・暴行行為等処罰に関する罪で、懲役4年の実刑判決。また暴行に加担した他の元看護職員の二人には同法律違反により執行猶予つきの懲役3年が裁判で言い渡された。
石川氏は事件が発覚した1984年(昭和59年)に宇都宮病院理事長と院長を辞任。「診療放射線技師および診療エックス線技師法違反」「保健婦助産婦看護法違反」「死体解剖保存法違反」「食糧管理法違反」で逮捕。裁判で宇都宮病院の管理体制に対し責任を問われ、高裁で懲役8ヶ月の執行猶予なしという判決と、医道審議会から医業停止2年を言い渡された。他の病院が受け入れない患者を引き受けていたことが社会的貢献と評価され、実際に裁判で責任を問われたのはたった4つの罪だけだった。
宇都宮病院に関係していた6名の東大医学部の医師は裁判で責任を問われることなく「患者の利益を考えずに研究を行った」「宇都宮病院の異常性を知りながら注意しなかった」「東大教官が病院にその地位を利用された」という理由で、東大医学部から厳重注意された。
当時の東京大学医学部脳研究施設所長および教授達は、宇都宮病院の異常性を事件報道以前から知っていた。脳研究施設神経生物学部門助教授の武村信義氏が教授になれなかった理由は、石川氏と師弟関係にあり、宇都宮病院の入院患者の脳を違法に取引していたためだといわれている。武村氏は脳研究施設を辞任し、宇都宮病院の常勤医を務めた後、一度は院長に昇格したのだが、栃木県が難色を示したため、最終的に武村氏は副院長となり、石川氏の息子である石川史人氏が院長を引き継ぐこととなった(現在は院長ではなく社員医師として宇都宮病院に在籍)。武村氏は2002年(平成14年)10月に死去した。
告発人である安井氏は宇都宮病院で受けた暴行による後遺症に悩まされながらも、宇都宮病院の廃院を訴えて活動していたが、2013年11月に虚血性心不全により死去(享年80歳)。元入院患者等は「入院治療の必要がないのに監禁された」として宇都宮病院を相手取った民事訴訟を起こし勝訴した。
宇都宮病院は現在も廃院することなく総合病院として運営されている。宇都宮病院のサイトでは事件について一切触れていない。石川氏は現在も宇都宮病院の社主と神経精神科の入院担当医として在籍。日本精神神経学会にも指導医として登録されている。
当時の宇都宮病院職員は入院患者に対して行った虐待行為を「看護」として認識しており、事件発覚後もその行為を是認しているという。
RECOMMEND
三一書房 1996年
虐待、暴行、殺人。渦巻く恐怖の精神病院の現実を描く漫画。報徳会宇都宮病院を舞台にし、現代社会の知られざる恐怖、入院者のリンチ死の事実を知らしめた、安井健彦著「悪魔の精神病棟」を原作とする。
青弓社 2000年
東大医師による人体実験。三年間で二百人を超える死者を出した宇都宮病院事件。日本の精神医療現場における倫理観の欠如は真に克服されたのか。東大闘争に端を発する医療改革運動三十年の意義を、膨大な史料を構成して検証する。
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